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2010年1月

2010年1月26日 (火)

今日のお仕事

今日は昨日よりも道に慣れ仕事に慣れ、最後の企業には12時15分に配達。何もなければ多分12時に配達は終わっていたでしょうけれど;というのはFAXで注文を受けたのを先輩が取り間違ってしまったから。同じ企業名の会社が離れた場所にあったのです。
前半の企業を10時半に終了し、中盤に差し掛かった頃に携帯が鳴りました。配達二件目の企業から頼んでないのに届いたと連絡が来た、同名企業の間違いでは?そちらには配達したか?とう内容。配っていません。取りあえず引き返して間違って届けた企業からお弁当を引き上げ、FAXを頂いた企業へ届けて下さいと。また連絡しますと事務さんにいわれました。引き返す途中、確かこの道を行くとあの企業へ続くはずだと思いながらも、不確かだったのでもと来た道を戻りました。間違った企業でお詫びをし、届けなければならなかった企業へ直行。
配達の続きへは近道をしてをしました。ここまでで10~15分はロス。なので走る走る。11時45分頃にまだ未配達が数件残っており会社へ電話し、遅れる企業へ会社からその旨連絡してもらいました。結果、終了時間は12時15分。昨日よりは30分程早くなりました^^;

25日の集金が残っていたので上司に指示を仰ぐと、戻ってきてから決めましょうと。帰社し明日の準備をし終わると時間は14時15分でした。今日は通院したかったので退社の挨拶をしつつ上司を見ると電話中。長引きそうだったので指示を仰ぐ内容について頭でチェックし、これは明日の朝でも十分に指示を受けられると判断したので帰ることにしました。上司へ顔を向けると、こちらを見る上司の表情からは『この電話は集中しなくてはならない内容』と読み取れました。私が待った方がいいなら通話中でも何かしら合図を送れるだろうし、それがありませんでした。こんなに早く終わったのは久しぶりです♪

なんて…、実は通院したかったのですが、診察券を見たら今日はお休みでした;なので帰宅;; 明日は診察があるので是非行きたいです。睡眠導入剤が昨日で切れちゃったから。今日は特に刺激もなかったので多分すんなり眠れるだろうからいいけど、いつ緊張状態になるかなんて分かりませんからさっさと薬ゲットしなくては!睡眠不足の運転は怖いですもの…;

少々パニックだった昨日よりは落ち着いて仕事ができました。きっと明日はもっとスムーズに仕事ができると信じましょう。

仕事をすると収入があります。短い時間でのパートなので、以前狙っていた収入からするとかなり少ないのですが、未収入=実家に迷惑をかけるストレスから解放され、無理をしすぎる傾向を軽くし脳の機能を回復させるのでこれでOK。昨年を思うと本当に気持ちが楽です。荷物を抱え出来る限り走るのもストレスと運動不足の解消にいいみたいです。

昨日、血圧の診察に行きました。午前中走り回るのが血圧に好影響を与えたのがわかりました。医師によると、仕事に就けない不安でも血圧は上がるので就職できたことはいいこと、運動することも高血圧に有効なのだそうです。血圧の数値は数年聞かなかった数字でした。それまではいつでも下が80~90台だったのが、なんと正常範囲70だったのです。これは思いもしなかった結果だったので、とても嬉しかったです。

今のエリアと仕事量はいつかこなせるようになるでしょう。上司から大丈夫だねといわれたら、体調をみながらパート時間延長を申し出ようと思っています。ただし、焦らず急がず…。
昨年2月にはコールの仕事をしていました。その頃を思うと、鬱が改善してきているんだな~と思えます。嬉しいなあ。これからもコツコツと治療をし続けなくちゃね^^

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見たDVDは?

職についてから、私は体力切れが著しいです。先々週に借りたツタヤDVD、見る事もできずにダウン。借りたのは二枚組で一枚組のお値段。なのに午後巡回とか風邪だったりで未見に終わりました。

先週土曜日に借りたのは『感染惑星』
正直、邦画の『感染列島』を映画館で見た私にはシラ~~っとした作品でした。どこが惑星!?と…(^^; だったら邦画『感染列島』の方が見ごたえあったし、心に響きました(*^^*)
え?これは国民性が影響しているかもって!?うぬ~~~、確かに。

半額で借りたのは『レディーウォーター』。おとぎ話にマンション住民が密接に関わっているということ…。導入部分は正直かったるかったけど、徐々にナーフ(海の精)と取り巻きが明らかになるようで、目が離せない状態に!見る側の言い分(飽くまで私)としては、ナーフの世界で彼女がどうなったかまで見届けたかった!!

支払いしたら、お財布が寂しくなったのでしばらくの辛抱ですな(T^T)

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2010年1月25日 (月)

一週間経過し、考える

宅配の仕事に就いて今日で7日勤務。勤務は8時45分から14時までなのですが、順路を早く覚えて欲しいということで帰社後もエリアへ行くこと数回(残業手当有り)。明日も廻れる?という上司の言葉に素直に反応し、風邪で調子が悪い隙をついて休日の日曜にも少し廻ってきました。廻ったといっても行ける所までなので前半だけでしたが。

先週月曜は薬のおかげで体調がいくらか改善し、同乗するくらいなら可能な状態でしたので出勤。このまま治るかと思われた風邪でしたが、帰宅後悪化し翌日は出社困難に^^; まだ一人立ちしていいない勤務3日目になる私が休んでも穴が空くことはないと分かっていたし、寝床から動けない状態ではどうしようもないので連絡を入れ欠勤しました(アホぢゃ)。水曜からは先輩が車に残り指示をしながらの宅配、金曜には順路も覚えたと判断され土曜から一人立ちしました。帰宅後から日曜丸々爆睡しました。

今日は土曜と違い、平日モードで配達件数や食数が多い上に25日で集金が多く配達終了時間を40分出てしまいました。「仕事を始めて一か月位は皆同じだよ」と上司がいってくれましたが、お客さんに迷惑がかかると思う私には心苦しくて…。ミスや不慣れもあり、明日の準備に1時間かかりました。これは会社に要求されたからではなく、自分が不安だったからしたのです。3時が近くなった頃、上司にいわれました「もう切り上げなよ」。…お客さんに迷惑をかける=会社に負担を与えるというのが、たまらなく辛いのです。明日は出来る限り今日のミスをなくしたい!そう思ってしまうのです。多分、傍から見ればやりすぎなんだとしばらくして思いました。ここ一週間を振り返ってみて、自分のこの状態は病気によくないと気付き始めていました。

無理をしすぎるそもそもの自分と、鬱になりそれに一層拍車がかかった自分。それが分かったから勤務時間や仕事内容に注意をしつつ選んだ今の仕事。なのにまた”うっかり”無理をしていました。

●配達は決まった時間内に完了したい
これは仕事をするなら当たり前なのだけど、新人には無理。昔を思い出そう!実家が自営業で、私はアルコホリックな父の穴を埋めるピンチヒッターで切羽詰まったものがあったけれど、今は雇われの身、上司の言葉に甘えよう。

●配達に時間をかけたくない
これはエリアに慣れるしかないでしょう。早く慣れたいものだけど、それは勤務時間内という限定をつけて努力しよう。もしくは残業がつくという条件のもとに。

●お客さんに迷惑をかける=会社に負担を与える
ミスしたら丁寧にお詫びすのみ。焦らない、焦らない。まだ不慣れなだけで相手を思いやる気持ちはあるんだし。先輩達も皆最初はそうだったという。私なんて 超初心者だ、時間に遅れて当然と開き直るくらいの気持が自分には必要。私が感じる”辛さ”の対象なんて、他の人には屁でもないかもしれない^^;

●時間外就労
時給で雇われているんだから年齢による覚えの悪さは置いといて^^; 実はいくらかスキルのある自分を信じて翌日の準備も根を詰めるな。サービス残業はしない方向で。

久しぶりに繋いだネットでコメントを読ませて頂いて、自分をもっと客観的に見ることができました(下さった方々に感謝!)。

私の母は3月には70歳になります。収入は30万はいきます。けれど母の定年も社長の気持ちや経済状況次第。母が元気でいるうちに私が生活面で一人立ちしなくては!父は介護5で母に在宅介護されています。将来はどうなるかわからないけれど父母と娘の平安を祈っています。

手作業、配達、気配り、当日の電話かけ、企業に入った時の対応にはいささか自信がある自分です。運転歴も15年はあるし。……だから、無理しなくていい!!!と言い聞かせ、明日は仕事します(*^^*)

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2010年1月17日 (日)

残業

昨日は初出勤。今朝は8時半に出社しました。馴れていない人、配達数が多い人はそれ以前に出勤しているみたいです。出勤10分前に出社するのは社会人として当たり前の感覚ですが、出荷量が多かったり不慣れな人は早めに準備するみたいだと察知しました。見習い2週間が過ぎて、手際が悪かったら私ももっと早く出勤しなくてはならないかと思います^^;

昨日同行したエリアの同じ先輩について二度目の巡回。お昼のお弁当を配り終え、一旦帰社。お昼御飯を自家製のお弁当を頂いてから(買ったら800円コース完食!)、同じ先輩と順路を再確認。私が一人立ちするにはまだまだ時間がかかりますが、前日と今日、時間に追われた道順を、今日の午後にはゆっくり確認する(メモする)時間が私に与えられました。メモに漏らしがなければ、メモを見つつ迷わずにたどりつけると安心しました。私の定時は14時、それを午後、順路取りすることによって残業でプラス3時間となりました。できたら休日の明日=日曜日に順路確認をしたいところとですが、なんと鼻水ジュルジュル、くしゃみ連発で、帰社時には頭が少しクラクラしてきました。風邪です。帰宅後、手持ちの市販薬を飲みました。今は鼻水やくしゃみがなくなり楽に。明日は元気だったら順路確認に動きたいところですが、体調次第です。休日に頑張って、月曜欠勤したりしたら本末転倒!体調を見て行動しなくてはと思っています。

今日は出勤2日目。手作業の早い部類に入る私は前日のお弁当の残飯と容器の仕分けなどにモタモタがあまりありません。同行するばかりの私が会社の役に立てるのは こんな単作業だけ。進んで仕分けに参加しました。うつ真っ盛りの時より切迫感がありませんし、むしろ手馴れた作業で正真正銘の『未体験』よりは仕事の役に立てたかと思います。それには、幹部候補と陰で謳われたコール会社のシゴキと、医療機器販売の新人育成もろ手抜き(全国トップがおり、上位取得社員が数名いるからゆえの育成怠慢=手抜き&説明不足)でのシンドイ体験が物をいっている感がしないでもありません。余りにヘンテコな企業体験があるがゆえに、(今のところ)普通と思われる就職先がより ありがたく感じるせいもあるのかと思われます。

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2010年1月16日 (土)

初出勤・同病者と接する

先一昨日受かった企業。昨日初出勤でした。私が到着すると、すでに荷物の積み込みが始まっていました。二階へ行くように促され、出発前の先輩達に紹介され簡単に挨拶。待つ時間もなく、長年勤めている方に同行。荷積みする様子を見学し、私が任されるエリアへ車を走らせました。配達エリアは未踏の地です。仕事はお弁当を運んで、前日空になった容器を回収したり集金したり、パンフレットを定期的に置いてきたり、新規開拓もあるそうです。企業の出入りや個人宅、営業もどきは心配ないのですが、馴れない社用車の運転と、道を覚えられるかが少し心配です。徐々に覚えるしかありません。

エリアでは車に同乗しているだけ、帰社したら回収した容器と残飯を分ける作業を手伝いました。私の勤務時間ではその後に翌日の仕事の準備をするのですが、それも見学でお終いでした。初日なので緊張をするだろうと思っていましたところ、ついた先輩が気さくな方で緊張しすぎるということはありませんでした。ついて回るだけでしたので、体も全く疲れませんでした。

道中、先輩が会社には うつの人がいるといいしだしました。職場の皆は明るいのに、その人だけは昨年入院するくらい病気が悪く、気分の浮き沈みが激しいので時には暗いと。うつを抱える私は、昨年入院したのにもう勤務しているだなんて、実際ご本人は傍の人が思う以上に気を張り無理しているんだろうなと思いました。その人は責任のあるポジションを任されているので、それが何かのきっかけで酷い負担になったのだろうという話も聞きました。

実は帰社てからの作業中に、その当事者の方と私は接触していました。その方はゆっくりとした口調で、うつ病だと知らなければそういう人かと思うまでの、普通の人という印象でした。職場でのストレスでうつになったシンドサを、少し前の自分に重ねてみました。今私が接してるこの人の本来の姿は、きっと今とはまるきり違うのだろうなと。自分がそうであったように、その人の性格を うつ病が別人のようにしてしまっているのかと。私もうつ病ですとは言えませんが、そんな風に職場復帰している姿は私の胸を打ちました。幸い私は(今しばらくだけだとしても)テキパキしていると数人に認識してもらえる程に回復しています。そんな言葉をかけてもっらたのは十数年ぶりではきかない程の久しぶりの反応です。『同病相哀れむ』大いに結構。大先輩にもいつか うつの波が凪ぐと信じたいです。

娘の希望も見え、接触不可能と思われた元夫との会話もクリアした私は、中学生時代ぶりの印象を接する人に与えられるようになりました。完治なんて中々しないけれど、新しい自分を再構築したちょっとした成果かなと思います。自分がよくなってきていること、娘の窮状突破口が見えたこと、就職と、生活が安定する兆しが見えて、気持がとても安定しています。幼い頃からDVを受け続けた自分が、物心ついて初めてといっていい位の自己の解放を感じています。お金は贅沢はできなくても、私にはもう暴力で支配するような人はいない!

今日も仕事です。まだ初心者なので、体力的にも楽ができるでしょうが、一人立ちした時に困らないように、せめてメモはとっていこうと思っています。14時退社は今の自分にはちょうど良かったなと、初出勤してつくづく思いました。明日も無理しすぎない程度に頑張るぞ!

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2010年1月14日 (木)

連絡がきた

娘の父親から連絡がきたのです…。診察を受けてきたこと、検査は明日になるということ。娘には明日は寝不足で来院するようにと指示されたそうな。検査時には眠るための薬も飲まされるそうだけど、安静時の脳波が診断に必要なんだなと思いました。して、その検査結果は来月中旬。一か月近くかかるのね。ほらみろ、良かったじゃない私がせかして(--;) と、思いました。また連絡しますからと相手。いらないんだけど…、娘の為だから仕方がありません。はいと低い声で返事しときました。仕事頑張ってと電話を切り際にいわれたけれど、加害者が被害者に気安く話しかけるな!とイライラ。返事もせずに間合いをみて切りました。

先日会って話した時もそうだったけど、私の声が普通のトーンになっただけで、こちらが驚くほど相好を崩す。何を勘違いしているのかと、こちらが不快になりました。今回もそう、自分が相手にどんなことをしたのかなんて、話してもわかったけれど反省だの後悔だのの気持ちが浅い浅い。自己中な人は相手の感情に非常に鈍いんでしょうね…。というか、あの人に関しては人としての心が欠如していると思うほどです。仕方ない、まずは娘を無事保護するまでの辛抱。次には娘の一人立ちを目指して辛抱します。


そういえば…、先日、相手に合意を得た足で早速母に報告しました。喜んでくれてましたが、ふと「(あちらの家族が)持て余したんじゃない?」と母。あ…、うんうん、あり得る…。母のいう通りだとしたら、あの家族はさすが無責任、自己中一家だ!奴が娘を思って預けると考えたのが本心からだとしても、あちらの家族が持て余しているのは確か。いい加減なジジババ達が「あっちに預けちゃいなさいよ~。お金さえ払えばいいじゃない」といかにもいいそうです(^^; 私がそう思うのにもシッカリバッチリ前例がいくつもあるからなのですが。結果オーライということで、奴ら家族のことは放置します。

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2010年1月13日 (水)

祝・就職

やっと職が決まりました!お弁当配送のパートです。勤務地は自宅近辺で配送地域は割と近距離。ですが、あまり知らない街なので道を覚えるのが心配; まあ、どうにかなるでしょう。勤務時間は午前9時前から午後2時までで週6日勤務。午後5時まではどうですかと訊ねられましたが、馴れたらということに…(^^; 欠員があるようで、明後日からの出勤です。しばらくは先輩がついて仕事を教えてくれるので、あまり気を張らずにいこうと思っています。

昨年、あれこれ職を変えてみて自分はフルタイムはまだ止めておいた方がいいとわかりました。無理は禁物だと頭でわかっていても、いざ仕事を始めると健康な人より頑張りすぎてしまうようで…、まだまだ焦りやすいのではないかと思います。焦ると不安になり、不安になるとそれを打ち消す行動=頑張りすぎになるんじゃないかと。不安になれば うつ症状も顕著になるしで良い事なしでした。なので今回は目標を低くしました。できたら私が馴れた頃にフルタイムの枠が空いたらいいな~。そんなタイミングのいい話はないでしょうけれど^^

一昨年12月から今日まで、求人情報ばかり見ていた気がします。これで解放!

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娘、病院へ行く

奴に会い、話をしてきました。病院のかかり方をメモさせ(電話で話しただけでは分からない)、その後、親権についてと娘の状態について…。結果、あちらから「娘をそちらへ預けたい」といってきたので、内心非常に驚きました。奴が自分以外のことを考えるだなんて、私にとっては初めてのことだったので。相手の考えは相変わらず自分勝手がにじみ出ていましたけどね。娘がこういう状態になったのは私達親の責任だと私がいうと、相手は黙って目を伏せていました。

私の今回の目的は相手にさっさと娘を脳波検査に連れて行って貰うことと、娘の精神状態を伝え、親としてどう考えているのかを知った上で、こちらで引き取る話をし、できたらその場で相手の承諾を得ることでした。なので大成功です!娘の受験も控えているので今すぐに動くことはできませんが、この知らせは娘を喜ばせました。もちろん私も嬉しいです。久しぶりに清々しい気持ちになりました。相手と1時間半話したこと自体はかなり疲れましたが、吐き気もなかったし、自分にとっても一歩前進かなと思いました^^

今朝、娘から診察を受けるために病院に来たとメールが入りました。診察が落ち着いたろうと思われる時間にこちらからメールをすると、検査は明日になったと返事。やっぱり初診で当日に脳波検査は無理よね…。もし脳波検査の結果がなんともなくても、何故倒れてしまったのかをしっかり調べて貰うようにとメールしました。本来の目的を忘れていたと娘。やれやれ(笑)本当に水分不足だけで倒れたのならいいのですけど。とにかくもう倒れたりしないでね~!お母さん、心配で死んじゃいそう^^;

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2010年1月10日 (日)

や、やっぱり…;

奴(娘の父親)に電話しました。今日会えるかという私の問いに、奴の返事は用事が2、3あるから無理と。脳波検査はまだだと娘に聞いたが、いつ行くつもりかと訊ねると、仕事が早く引けたら娘に早引きをするように連絡をして連れていくつもりだと。呆れた…; 私は奴に話しました。

●行く予定の総合病院の受付は午前11時迄で、通常診察は受付を済ませ、その後何時間も待ってからになる(奴は病院へ行けばすぐに検査してくれると思っていた)
●運が良ければすぐ検査となるが、後日、検査に来ることも多々あり
●また、その日に検査できたとしても、検査結果がすぐでることもあれば後日となる場合もある
●よって、まず一日は会社に休みを貰わなくてはならないし、場合によっては検査や結果が出るのを待って再び病院へ行かなくてはならない。それらのことを上司に告げること

私の思った通りでした。私が確認しなければ脳波検査は流れてしまったでしょう。相手の至らぬ点を軽く責め、明日の午後に会う約束をしました。メモの用意をしてくるようにと伝えました。いくら奴でもそれ位は覚えていられるかと思います
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母にすぐ電話をし、奴のことを話すと驚いていました。娘の精神状態についても話し、事がうまく運ぶようなら中学卒業を機に、こちらで預かれないかと相談しました。母は孫を心配しながらも私の病気も心配していました。母の気持ちもわかるし、私自身も娘の気持ちが落ち着くまではキツイ日々が続くだろうと考えています。

また自分に親権があるのなら、普通は別れた相手に娘を預けることには強い抵抗=反対を示すところだが相手(と家族)は普通ではないので、どう出てくるか不明であるということと、実のところ娘を引き取れるとはほとんど思ってはいないこと、それでも相手に言うだけのことはやってみると伝えました。

常識を遥かにかけ離れた人達が相手なので、どういう反応がくるか予測不可能です。ただ、幸い私の状態はいいので、奴に会ってもパニックを起こさずに話ができるだろうと思います。第一目標は脳波検査の相手への意識付けです。

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無理は禁物

昨日は先月末に訪ねてくれた、若かりし頃にいたサークル仲間のお宅にお邪魔してきました。

帰宅してからは娘と電話。脳波検査は来週予定と彼女の父はいっていましたが、スケジュールを組んでの仕事なので、いい大人なら娘の学校の事も考えれば上司から許可を得た予定日を言う筈です。ところがそれがなかった。なので、やはり私は奴に念押しをしなくてはならないみたいです。これが後数か月で46歳にもなる大人のすることか!?娘にだって受験を目前にし予定だってあるのに、何も考えていない。それは私が十数年連れ添った間変わりません。娘が心配なので、社会人として当たり前、当たり前すぎる手順の踏み方をメモさせるつもりです。annoy

結婚して同居して、手のひらを返した奴と奴等、自分より弱い立場の人の名を出して、話す相手の悪口を本人を前にしていう意地悪さ(元夫も)。超自己中ゆえの自分以外の他者放置。それが家族であろうとも利用せずにはいられない浅ましさ。利用する相手は誰でもいいのです。自分より立場の弱い相手であれば。おまけに『自分は頭がいい(<婆)』なので、家族であれどコキ下ろす、コキ下ろす。コキ下ろす相手は、私が嫁ぐまでは
私の娘の『オバ』、やがて『私』、そして今は『私の娘』へと変遷しました。まだ離婚して二年足らずなので訴えることは可能。それができる自分かどうかは不明;けれど娘は守りたい!

大人の私ですら、精神に支障をきたしたのだもの、思春期の娘はどれだけのストレスと影響を受けているか…。やはり今日は娘の父親にできれば会わないと!

さて話は遡りますが、実はご近所だったかつてのサークル仲間、『彼女』とは過去の話の他にも私への気遣いがありました。ありがたいことです…。就職について、40歳と45歳、また50歳での募集数が格段に違ってくることを彼女も よく分かっており、あれこれアドバイスをくれました。私が知っていることがほとんどでしたが、彼女の思いやりには心から感謝しました(*^^*)

心のパワーを貰ったので、またしばらく職探し、頑張れそうです。そしてなにより、娘バリヤーとしての力が徐々に蘇りつつあります。気持は一杯だけど、病気のことも考えつつ行動しなくては。無理をしすぎないように動きます(゚∇^d) グッ!!

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2010年1月 9日 (土)

美味しかった?

ここ数日、薬缶にウーロン茶を沸かして飲んでいます。ほぼ一日で飲み干します。けれど、その日は少し残っていたんです…。しかもコタツの上に置きっぱなしで私は眠ってしまったのです。

朝起きると、コタツの上に薬缶がない!見ると下に落ちていました。私が眠っている間
に子猫がコタツにあがり、ひっくり返した様子。慌てて拭きとったけれど、絨毯と、畳に染み込んでいます;そして、その近くには読みかけのお気に入りの本が!あ~…、ビチョビチョです…。
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子猫は私の大事な本にウーロン茶を飲ませたかったみたいです。乾いたらウーロン茶染?ちょっと悲しい。まだ生乾きです。上に重りをしてゆっくり乾かさないと激しく波打つページになってしまいます(泣)
薬缶は子猫に蹴飛ばされない場所に置くとしましょう…_| ̄|○ ガクッ

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考える

娘はまだ脳波検査に行っていません。そのことについて、できれば日曜日、奴(娘の父親)に話をしなくてはと思っています。「仕事が始まったから」だなんて言っていたそうな。そんなことをいうならどうして仕事始めの日にでも上司にその旨伝えて早々に時間を作ろうとしなかったのか!?そもそも何故さっさと病院へ行かなかったのか!?私にしたのと同じことを繰り返す気か!!??

長いこと一緒に暮らしていたので、奴のそこら辺のオカシサはよくわかっています。多分、このままだと娘は放置されるでしょう。娘が搬送されてから一体どれだけ日が経ったんだ!!!今月受験もあることだし、疲れも緊張もするだろうに。奴は何も考えていないのです。最悪私が連れて行く気持ちでいますが、奴らはそういうことをすると「それが当たり前」と訳のわからないすり替えをし、それを平気で要求・強要してくるので、飽くまで最悪な場合です。まだ時々、倒れた頃と同じように頭痛がするといっている娘が心配です。娘が大事です。奴がどんな考えでいるのか、それを知るために接触しなくてはと心を決めました。

思春期だからというだけでは収まらない、娘の不安定さを感じています。超自己中のいい歳こいた大人4人に囲まれて日々を過ごせば、切れやすくなったり親にすら暴言を吐くようにもなります。そして奴等と同化してきている自分を娘は感じており、自分が嫌になるともいっています。大人4人から娘が受けているのは主に言葉の暴力。力をふるう程ではありませんが、非言語としての暴力、娘に対しての被害妄想、放置です。嫁の私にそのような事はしても、孫や娘である相手にはそんなことはしないだろうと、それだけは信じて預けたのですが、間違いでした。そこまで相手をこき下ろすのが好きな家族だとは思っていませんでした。

未遂して、退院して、実家に一時引き取られた時に、あの家にいたら私は今度こそ確実に死ぬと思い、私だけ別居。1年経ったところで離婚届けを突き付け、「もう一度チャンスをくれ」という奴に「無理」と一言。大きく3回もそのチャンスを、約束を反故にしたのは誰?無事離婚。私の実家も(当時、介護5の祖母と父がおり、母が働きながら在宅介護)、私自身も娘を受け入れる余裕がなく、条件付きで親権を奴に渡しました。私が健康で働ける状態だったら娘は手放さなかったのに。ひどい鬱状態で自分の世話もままならない状態で、娘を育てられないとわかっていました。

実は娘は奴の実家に住んでいます。奴の住む家から歩いて10分程の距離に。親権はその親が子供の身の回りのこと等面倒みなければ本当は得られないものなのです。奴の実家にはジジ・ババ・オバがいます。奴は食事を実家にとりに頻繁に行きます。娘の学費、生活費などは毎月実家へ渡しているそうです。

近々、脳波検査の話の他に、娘の精神の状態について相手の考えを訊ねるつもりです。中学卒業を機に、娘をどうにかこちらへ呼べないかと考えています。でももっと考えなくては。根を詰めないように、休み休み。相手の出方は話してみないとわかりませんが、今の私にできることをしてみます。奴、またトンチンカンな返答をすることでしょう。想像もつかないことを。今の私なら大丈夫、奴と接触できる!

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2010年1月 7日 (木)

年末からの過ごし方

今年になり、2日は親戚の集まりがありました。娘も二人の姪っ子も参加して、楽しく食卓を囲みました。娘を連れていくと、皆、娘の事を知っていたので、当たり前なのですが心配してくれました。娘はそれがとても嬉しかったらしく、これまでになくリラックスした様子で楽しい時間を過ごせたようです^^ その様子を見て、私は一層いい気分になりました。
救急搬送されたその日、翌日と、例によってアチラ家族の反応は薄く、中でもジジとオバは心配の『し』の字もなかったと;娘

3、4日は、どうしたことか寝てばかり。目が覚めても昼過ぎで、夕飯時になってノロノロと食事を作り、TVよりはDVD鑑賞をしつつ寝落ちしていました。完全に昼夜逆転していました。5日にはどうにか午前中に起床、DVD返却とレンタル、少しの食料調達。昨日6日には朝と呼べる時間に起床、お世話になったお店へのお礼の気持ちとしての品物買い出し。本日7日は1日遅れたけれど、お礼に行き、その帰りにしっかりと食料調達・猫エサと猫砂ゲットしてきました。娘と連絡を取ったことで心配事ができたけれど、気持も体調もまずまずの状態になりました。

年末から昨日までDVDをいくつか見ました。
『ハンコック』…SFコメディー(かな?)娘のチョイス。アダム・スミス,ではなく
sweat01ウィル・スミス主演二人で楽しめました^^
『ハリー・ポッター 謎のプリンス』…ファンタジー。”つづく”で終わりました^^;
『AI』…SFファンタジー(かな?) 愛という感情を持つ最新子供型ロボットの話。涙じんわり。
『0:34』…ホラー。娘が借りようかと迷っていた物。見る側に謎は残るものの、面白かった。後半の畳みこみが結構良かったです。
『アイランド』…SF。アイランドを信じる人々はクローンだった。こういうのは久しぶりだったのもあり楽しめました。ラストが気分いいかも^^
『ヴィレッジ』…ホラー。村にある三つの掟。それが崩れた時どうなるか!というお話。私にはHITしませんでした。残念。

レンタルはまたしばらく自粛ですな。(因みに感想文は苦手です)明日は金曜日です。早いなあ…。また、職探しします(^^;

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娘の件、その後

先月30日に娘が倒れたお店へ今日お礼をしてきました。年末年始は多忙だとわかっていたため、今日になりました。往復数時間かかる場所ですが、平日モードの昼過ぎに移動したので道はすいていました。快晴で風も弱く、道沿いに見える海面は太陽に照らされていくつもの青に輝いて見えました。お店付近に到着すると救急搬送された時を思い出して、うっすらと嫌な気持ちになりましたが、それはすぐに消え、観光客で賑わう狭い道を進みました。

店先には売り子の女性が接客中。忙しいところを声をかけてもと思って自動ドアの前へ進もうとすると、お客が離れた女性は私に気付いた様子、こちらから声をかけました。お礼を短くすませ、店内へ目を向けると店長さんと目が合いました。あちらも私を覚えている様子。進み出て、お礼に伺った旨を伝え、気持ばかりの品(話のタネになる和菓子セット)を渡しました。その時も店長さんは娘を気遣ってくれました。本当にありがたいです。店内は混雑はしていないものの、あまり時間を頂いてはと失礼しました。ちゃんとお礼をすませることができ、ほっとしました…。

娘に2日ぶりに電話をすると、水分は引き続きしっかり摂取しているとのこと。たまに頭が痛くなると水を摂るようにしているといったので、脳波検査はしてきたのかきくと、なんとまだしていないという返事が。娘の父親が仕事が始まって行けなくなったと; 仕事が始まれば病院なんて行きにくいに決まっているのに…。人の痛みに鈍すぎる父親なので、保護者が病院へつき添えるように手を打ってあるのかどうかが心配です…。ジジババ、叔母まで揃っているというのに…。さっさと病院へ連れっていって欲しいものです。これから先も娘を放置するようなら、接触したくない相手ですが早速働きかけようと思います。そうすることは私にはかなりな負担になる可能性が高いのですが、そんなことをいってはいられません。

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2010年1月 2日 (土)

年明けて

新しい年となり、今日で二日目。二日つづけての晴天。気持はいいです。箱根駅伝のランナーは強風に煽られながら、現在小田原へ向て健闘中。私の住む地域もいつもより風が強いみたい。

正月を満喫する気持ちにはならないけれど、昨年もあっという間の一年だったと思うと、今年はどんな年になるんだろうと自然と考えが及びます。昨年の反省は今はしません。今の私には意味がないように思うし、起きた事には対処するしかないので。

本年の抱負は、

今年も、ゆっくりでいいから確実にうつ病が良い方へ向かいますように…。
生活が昨年より安定しますように…。
仕事に就き、それを続けていますように…。

さてと、そろそろ実家へ行く支度をするとしますか。妹夫婦と可愛い姪っ子達に久しぶりに会うのが楽しみです。叔父家族は今日来れるのかな?娘は最寄駅まで迎えにいかないと(*^^*)

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救急搬送

喪中の私は「おめでとう」がいえません。「本年も宜しくお願い致します」としか。昨日は言葉通りの寝正月でした。ここ数年寝正月。けれど、数年の中では一番マシな気分。

昨年の話になるけれど29日に娘は泊まりに来ました。娘が見たいというDVDと私が見たい物を二枚借りてきました。夕食は外食。たまにはいいかなって。楽しくてお互いに食が進みました。

翌日は二人で寝坊して、午後からは少し遠出。神奈川の、とある観光地へ行きました。散々食べ歩き暗くなってきたので、娘のおねだりで、ちょっとお値段の張る丼ものを頼みました。あと少しで完食というところで、気持ち悪いと娘はお店のテーブルにつっぷしました。それまで沢山食べ歩いてきた娘、いくら育ちざかりといえどもこれは許容量を越したかなと、私もお腹一杯だったけれど、残りがお米数粒だったので平らげました。どちらの丼も空となり、お店を出ることにしました。
突っ伏している娘に、ゆっくり歩いておいでと促すと、娘はスタスタと出口へ向かいました。私は会計へ。すると、店の外でドサッという音がしました。振り返ると娘が仰向けにひっくり返っていました。お店の入口で売り子をしていた女性に続き、私もすぐに駆け寄りました。声を掛けても返事はなく、娘は薄目で気を失っていました。倒れた所は段差になっていたので、転んで打ち所が悪いのか、他の理由で気を失い倒れたのかは目撃者もなく不明でした。お店のご主人が出てきて、お客で来てた男性に呼びかけ、娘を店内の椅子の上に運びました。すると娘の意識が戻り、声を掛けましたが朦朧とした様子。ほどなく救急隊が担架を担いで到着。倒れた前後の状況を簡単に質問されました。私はお詫びとお礼をお店にいる人達に言うと、娘を乗せた担架に寄り添いついていきました。

救急車に乗りこむと、改めて娘の持病等を尋ねられ、その後間もなく受け入れ病院を知らされました。私が遠方から来ていることを知らせると、救急隊の人はそれは車を出した方がいいと。病院までのルートは簡単だから追ってきて下さいと言い紙に書いてくれました。その場で元夫(離婚届を突きだして以来、接触しなかった)へ電話をし、娘が救急車で運ばれることと、搬送先を知らせました。幸い、奴は出先から家へ戻る途中で、搬送先にの近くを車で走っている所でした。奴は戸籍上の親ですから、さすがに連絡しない訳にはいきませんでした。奴に会って自分がどうなるかより、娘をどうするか、娘がどうなるかが問題でした。

搬送先の病院への道のりは簡単で、予想された渋滞もなく到着。入口付近で救急隊の人達が待っていてくれました。すんなり来れましたか?という問いに「お心遣いありがとうございました(旨)」言うと、係の人に促されて診察室へ…。医師には血液検査と親御さんには断りなしでしたが脳のCTを撮らせて貰いましたと言われました。一つすぐ分かった原因として、水分がとても少ないと。そういえば、あの子はいつも「それで大丈夫?」という程水分を摂っていなかったのを思い出しました。

娘の寝ているベットへ向かいました。意識は倒れてすぐよりはしかりしていたけれど、気持が悪いと。「食べすぎとは違う感じ?どんな風に気持ち悪いの?」と尋ねると、「お腹の辺りからモワモワって…」という返事が返ってきました。娘は点滴を打たれていました。倒れた時の状態と、その後のことを娘に知らせました。本人は店のドアを出た所までしか覚えていませんでした。

どれ位時間が経ったのか覚えていませんが、娘の父親がきました。何があったのか、背広をきて今にも泣きそうな顔をして入ってきました。その様子に娘も私も呆れていました。『これは例のポーズ。一時だけの姿』と。奴は私に「杢花さん、ありがとうございました」と頭を下げました。私は無反応でした。私の首を絞め、死ねるもんなら死んでみろと言った奴の言葉なんて全て受け入れられません。そして何を思ったのかマスクを私に差し出しました。一切接触したくない私はマスクを受け取る必要性も感じなかったし断りました。娘も何でマスク?という表情で私を見ました。

奴に事のなりゆきと娘が受けた処置を伝えると、私はベットを囲むカーテンの外に出ました。少し吐き気がしたからです。ところが院内の人がどうかしたかと私に気を遣ったり、椅子まで出してくれたので、娘のベットの足元に腰を下ろしました。心電図を測りに人がやってきました。ボケーっと突っ立っている奴にカーテンの外に出るように手ぶりで知らせ、自分もカーテンから出ました。もしかしたら、娘は私にだったら胸をはだけて見せたでしょうが、中3の女の子ですからね。

結果は不整脈もなく、健康。再び、水分がとても不足しているのでといわれ、御みそ汁でもいいから、まめに水分を摂って下さいと注意を受けました。また体調が落ち着いたらこちらの病院でもいいし、最寄りの総合病院で脳波検査を受けて下さいともいわれました。早速、奴が自販機で水分調達してきました。それを娘は一気に飲み干しました。「体は欲しがっているんだよ」と私。娘も納得。

話したくもない奴だけれど、何かあったら娘を守るのは私ではなく奴なので、人に冷たすぎる奴やその家族を知っている私は、今日医師に受けた診断を忘れずにメモしておくことと、脳波検査をする時には娘の持病といつも飲んでいる薬をちゃと答えられるようにすること、そして診察には必ず保護者同伴することと釘を刺しておきました。こんな小学生にでもしそうな指示を、40もとうに過ぎた男性にしなくてはならないんだと思うと、娘を守れない自分の生活力のなさに改めて気付かされます。私がもっと健康で、普通に仕事ができる状態なら…と思わずにはいられませんでした。

点滴が済むと歩けるかどうかを確かめられ、まだふらついてはいるけれど帰宅することになった娘。ベットから院内を移動するのに私は娘を支えてゆっくり歩いたけれど、奴は例によって自分の娘をほったらかして勝手に一人でさっさと歩いていってしました。そんな父親の姿を見た娘は「スタスタ歩いていっちゃうし」と怒っていました。と同時に「期待してないけどね」とも。元夫とその家族は『自分だけが可愛い』人達なのです。

駐車場に到着し、車に残してきた娘の荷物を娘に渡そうとすると、奴が走ってきました。仕方なしに手渡し。近寄りたくもない!娘を抱いて「しっかり休むんだよ。何かあったら誰にでもいいから連絡するんだよ」と。普通は家族が心配して娘の部屋まで様子を見にいくものですが、奴達にはそういう心が欠如しているので心配なのです。踵を返した私に奴が「杢花さん」と呼びかけます。振り返る気もしません。そのまま歩きます。遠くから何やら礼を述べたみたいだったけど、無視して車に乗り込みました。

帰路、娘が帰宅できる状態を見て安心したのか緊張がいくらかとれ、不安が心に湧き上がってきました。大丈夫かな、無事に帰宅してね。帰宅しても無事でいてね…と。どうにか見知った道に出ました。不安感がぬぐい切れず、これは気を紛らわせないと病気に悪いと思い、帰りしなDVDレンタルしてきました。帰宅して、睡眠導入剤を飲んで、DVDを見ながらいつの間にか大晦日の昼まで眠っていました。

早速、娘に電話しました。今日は食欲が普通にあり、水分もしっかり摂っていると。良かった~。借りたDVDも奴に車に乗せて貰って返す位はできたと。ただ、帰宅して心配してくれたのはババだけ。ジジやオバは無関心だったそうな;;;おかしいよね、この家族;娘はまだ調子が良くないから寝てばかりだと。やがてかったるいといいだしたので、電話を切りました。

元旦は友達と初日の出を見たんだそう。大丈夫だったの?と訊ねると、元気になった!今頃眠いと(^^;…まあ、良かった…。早めに脳波検査に行くようにと一言付け加えました。それかと、娘に私の妹からメールが届いたそうです。妹には娘の様子を電話で話したから、心配してメールしてくれたのでしょう。嬉しかったと娘。

毎年正月2日は私の実家に親戚が集まります。皆こんな時でないと集まれないから。喪中なので、華やかなことは何もしませんが、妹夫婦は双子を連れて来ます。妹と双子はそのまま二泊していく予定。娘も毎年この日にはやってきます。この分だと娘も来れそうです(*^^*) 

娘が倒れたお店は年始には初詣客で賑わいます。大わらわの所へ行くのは失礼なので三が日が過ぎてから、お世話になったお礼に出かけようと思っています。

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